『海紀行』人とまちを支える港を訪ねて

『海紀行』人とまちを支える港を訪ねて

知多半島と渥美半島という二本の腕にしっかりと抱かれた三河湾。
その東側の最も奥まったところに位置するのが三河港だ。
日本を代表する、いや世界屈指の自動車港湾である。
臨港部には広大な自動車工場が立地、欧州や米国の自動車メーカーも数多く進出している。
この三河港において「リサイクルポート」という新たな機能を有する港湾の創造が始まろうとしている。
港を拠点として展開される循環型社会の可能性を探った。

三河港(写真:中部地方整備局 三河港湾事務所)

三河港

日本の自動車流通を支える港

 これまで港湾は物資の流通ばかりではなく、情報発信の拠点、海と触れあう空間など様々な使命を果たしてきた。そして今、環境にやさしい循環型社会の構築が急がれる中、港は新たな機能を担う水際として注目を集めている。その象徴となるのが、国土交通省が平成14年から展開している「リサイクルポートプロジェクト」、港湾における総合静脈物流拠点の整備事業である。
 「リサイクルポートプロジェクト」とは、都市部や工場から発生する鉄スクラップや廃プラスチックなどの循環資源の流動を、港湾を拠点として活性化させようとするものだ。臨港部に循環資源の処理施設などリサイクル産業を集中的に誘致し、再処理された資源を海上輸送によって国内外に供給する。これまでの生産、消費、廃棄といったモノの流れを「動脈」に例えるならば、廃棄物を資源として再利用する新たな物流は「静脈」に位置づけられる。港はまさにこの新しいネットワークの心臓部になる。港湾が循環型社会を物流面から支える拠点となるプロジェクトだ。これまでに室蘭港、東京港、北九州港など国内で18の港湾が指定を受け、各港で特色のある取組みが進められている。三河港は平成15年に指定を受け、「国際自動車コンプレックス計画」を核としたリサイクルポートの整備を推進している。
 三河港は昭和37年、西浦、蒲郡、豊橋、田原の4港が統合して誕生した。木材、鉄鋼、自動車などの企業が進出した昭和40年代以降、自動車産業の拠点港湾として飛躍的な発展を遂げた。国内輸送に有利な日本列島中央の立地、広大で安価な土地、製造業における高度な技術力が隆盛の背景にあった。
 三河港の自動車取扱量をみると、昨年の輸入では13万台、3千2百億円と、台数、金額ともに平成5年から11年連続日本一の実績を誇っている。数字上では日本の道路を走る外国車の2台に1台はこの三河港から輸入されたと言える。年間2兆円を超える輸出金額も平成10年から6年連続でトップの座を他港に譲っていない。このデータからも三河港が名実共に世界屈指の自動車港湾であることがわかる。
 この地において自動車を生産、輸出入して市場に送る。そして役割を終えた車輌を再び集積、再処理し、新たな資源として再生させる。自動車のゆりかごから墓場までの道程に責任を果たそうとするのが三河港のリサイクルポート計画である。物流機能の整備、親水性の充実を図りながら、自動車産業のゲートウェイにふさわしい自動車リサイクルシステムの構築がここ三河港で始まろうとしている。

巨大な自動車運搬船は三河港のシンボル

リサイクルポートのイメージ

自動車とコンテナが集中する神野西ふ頭の7号岸壁(写真:中部地方整備局 三河港湾事務所)

愛知県三河港務所 建設課 高柳正俊 主査

神野地区は自動車港湾三河港の要だ