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苫小牧港西港区  提供:苫小牧港管理組合

【港湾概要】
【港湾区域】14,340ha
【臨港地区】1,830ha
【バース数】63バース(うち公共38バース)
【取扱貨物量】9,941万t(2012年実値)
【コンテナ取扱量】196,329TEU(2012年実値)
【入港船舶数】13,771隻(2012年実値)
 北海道の海の玄関口、苫小牧港が今年、開港50周年を迎えた。砂浜の勇払(ゆうふつ)原野に世界初の掘り込み式港湾の建設が始まったのは1951(昭和26)年8月。漂砂と戦いながら築港を進め、1963(昭和38)年4月には第一船となる石炭船が入船した。それ以降、港湾施設は順次拡張され、いまや取扱貨物量は北海道全体の半分を占め、内貿貨物取扱量だけでみると、国内1位を10年以上も続けている。国内外に多くの定期航路を抱え、飛躍を続ける同港を紹介する。
砂浜の原野に世界初の掘り込み式港湾を整備
港湾施設整備は漂砂との戦いだった
 苫小牧港は、太平洋に面した砂浜に建設された港だ。背後地には勇払原野が広がり、明治時代には浜からイワシの地引き網漁が行われ、賑わったという。
 大正時代に入り、漁が衰え始めると、沖合漁を求めて漁港整備を望む声が地元から上がった。地元の漁師である今井寅之助や永井勇三郎は周囲の強い要望を受け、私財を投げ打ち勇払川河口に港の建設を進めるが、掘り込んだ水路は打ち寄せる波と潮の流れで、いずれも砂に埋もれてしまった。
 それでも、地元の港づくりの情熱はさめず、国などへの陳情活動が続けられた。大正後期、留萌築港事務所の林千秋所長が「勇払築港論」を発表。林所長は当時、北海道から多くの石炭が本州に運ばれていたことに注目し、その積出港として勇払港の整備が必要だと訴えた。この反響は大きく、昭和に入り、試験突堤の建設や工業港としての研究が進められた。
 戦後、こうした地道な陳情活動や各種の調査研究が功を奏し、1951(昭和26)年には国の予算に苫小牧港築港のための調査事業費400万円が計上され、同年8月に現地で盛大に起工式が行われた。ただ、建設は容易ではなかった。砂浜の原野に世界初の掘り込み式港湾を建設するため、約11年間にわたって漂砂の調査研究が続いた。その調査結果をもとに防波堤の整備などを進め、1960(昭和35)年から本格的な内陸の掘り込み作業に着手。1963(昭和38)年に第一船の石炭船が入港した。
 この時、掘り込み式港湾はまだ一部しか完成しておらず、その後順次港湾施設が整備された。港湾機能の充実が進む中で、1965(昭和40)年には港湾管理者として、北海道と苫小牧市の共同管理となる苫小牧港管理組合が発足。すでに開港以前に設立されていた苫小牧港開発株式会社、苫小牧埠頭株式会社と合わせて、官民の苫小牧港の管理、運営体制が整った。
工業港から物流港に、さらには総合港に変身
民間企業が立地する西港区
 苫小牧港は現在、西港区と東港区の2港区がある。掘り込み式港湾が整備されたのが西港区で、1970年代後半に現在と同様な形になっている。西港区には本港、真古舞(まこまい)、勇払の3地区がある。西側の本港地区には南ふ頭(−10〜−11m)、西ふ頭(−9m)、東ふ頭(−9m)、入船ふ頭(−14m)の公共ふ頭がある。本港地区では主に砂・砂利、セメントなどの貨物のほか、紙・パルプ、完成自動車、木材チップ、木製品などが取り扱われている。
 東側の水路部分にあるのが真古舞地区と勇払地区。両側には飼料や木材、アルミ製品、自動車部品、石油、紙・パルプ、電力などの民間企業が立地し、民間ふ頭が並ぶ。水路の入り口付近にはフェリーターミナルもある。
 公共ふ頭は石炭や紙・パルプ、その他輸送機械などを扱う晴海ふ頭(−10〜−12m)、非金属鉱物や鋼材などを扱う中央北ふ頭(−7.5〜−12m)、木材チップや紙・パルプ、完成自動車、飲料などを扱う勇払ふ頭(−7.5〜−12m)、トウモロコシなどの穀物や鉄鋼、鋼材、セメントなどを扱う中央南ふ頭(−7.5〜−12m)がある。
 
苫東計画と一体的に整備された東港区
提供:苫小牧港管理組合
東港区の全景
 一方、東港区は1976(昭和51)年に工事着手された。この頃苫小牧港は、開港当時の工業港から物流港としての性格が強まり、コンテナ輸送などが増加。外航船やフェリー航路も増え、入港のために沖待ちする船も出ていた。
 岸壁不足が深刻化する中、国家的なプロジェクトである苫小牧東部工業開発計画(苫東計画)のマスタープランが1971(昭和46)年に決定。西港区から20数km離れた浜厚真(はまあつま)沖に新たな港(東港区)を建設し、同時にその背後地に重厚長大産業を中心とした工業基地開発計画が提示された。
 港湾整備はこの工業基地開発と一体的に実施された。巨大ケーソンによる急速施工で建設が行われ、着工からわずか4年という異例のスピードで、1980(昭和55)年に一部供用(石炭岸壁)を開始した。
 現在、公共ふ頭として国際コンテナターミナルがある中央ふ頭(−12〜−14m)、フェリーターミナルの周文ふ頭(−9m)、民間ふ頭として苫東ふ頭があり、北海道電力苫東厚真発電所やコール(石炭)センターがある。
 開発は第三セクター方式で設置された苫小牧東部開発株式会社が担当した。着工前に起きた石油危機で景気が低迷。港湾整備は行われたものの、工業基地開発は思うように進まなかった。ただ、石油危機をきっかけにエネルギー政策が見直され、国家石油備蓄基地構想が浮上。東港区の背後地の工業基地には大規模な石油備蓄基地が整備された。
 1995(平成7)年には苫東計画が見直され、東港区と西港区の一体的な運用が開始された。広域的な物流港として機能拡充も進められ、東港区にはエネルギー関連、リサイクル関連などの企業が立地している。
 
苫小牧港の各ふ頭の位置図
 
内貿貨物取扱量は国内第1位を継続
取扱貨物量は国内第4位で、道内の約半分
 苫小牧港の2012年の取扱貨物量は、前年比3.1%増の9,941万トンで、国内第4位の規模を誇る。2008(平成20)年のリーマンショック前は1億トンを超えていたが、2009(平成21)年に9,405万トンまで落ち込み、その後は回復を続けている。北海道内でみると、道内全体の48.8%と約半分の取扱貨物量があり、道内の「かなめのみなと」となっている。
 内・外貿の内訳は、内貿が同4.8%増の8,245万トン、外貿が同4.5%減の1,696万トン。内貿は2001(平成13)年から国内第1位をキープし、2位の北九州港(2012年実績で6,622万トン)を大きく引き離している。
 苫小牧港管理組合の松原敏行総合政策室企画振興課長は内貿を支えている要因として、札幌をはじめ道内の主要都市と高速道路網で結ばれているという「地の利」を挙げるとともに、定期船航路ネットワークの充実を強調した。
 
 
■港湾取扱貨物量 ■外貿コンテナ取扱量
 
西港区西ふ頭岸壁改良事業など3事業を展開
ー 岸壁耐震化やコンテナの増加に対応 ー
完成した本港地区西ふ頭の耐震強化岸壁
 苫小牧港では現在、西港区西ふ頭岸壁改良・耐震強化岸壁事業、西港区航路浚渫事業、東港区国際コンテナターミナルふ頭用地の拡張事業の3つの事業が行われている。
 このうち、西港区西ふ頭岸壁改良・耐震強化岸壁事業は、老朽化などによって機能が低下した岸壁を改良するとともに、3バースのうち1バースを耐震強化岸壁として整備する。内貿ユニットロード貨物の荷役の効率化などを図る一方、大規模地震発生時に緊急物資や避難者などの輸送を確保するのが目的だ。
 西ふ頭は水深9m、岸壁延長660m(3バース)。岸壁改良に合わせ、背後地の公共上屋を撤去し、エプロン幅を現状の15mから25mに拡大。北側の1バース(延長220m)を耐震強化岸壁にする。
 工事は2011(平成23)年に着手。まず耐震強化岸壁となる北側の1バースの改良工事を実施し、8月に完成した。工事を担当する北海道開発局室蘭開発建設部の伊藤晃苫小牧港湾事務所長は「供用中の岸壁ですから3バースを一度に工事することはできず、1バースずつ工事を進めています」。50年近く経った古い岸壁のため、当時の鋼管矢板はすべて撤去し、新たな設計法で鋼管矢板を打ち直した。また、地盤改良時にセメントを添加し、地盤の強度を上げたほか、東港区の火力発電所から発生するフライアッシュ(石炭灰)を埋立材に利用し、コスト縮減も図っている。
 「耐震強化岸壁ができあがったので、隣りのバースの改良工事に今後入ります。1バースの改良工事は約2年程度かかり、事業終了年度は2017(平成29)年度を予定しています」(伊藤苫小牧港湾事務所長)。
 西港区航路浚渫事業は、メーン航路(−15m、航路幅300m)が漂砂で1〜2m埋まっている箇所があることが確認されたため、航路浚渫を行う。事業には2013(平成25)年度に着手。深浅測量の結果、浚渫対象面積は23万7,000m2、浚渫土量は約24万m3程度となる。9月に本格的な現地工事に入った。事業完了は平成20年代後半。
 東港区国際コンテナターミナルふ頭用地拡張事業は、コンテナ取扱量が順調に伸びていることを踏まえ、先端部分のふ頭用地(延長90m)を拡張する。既設施設は水深14m岸壁(延長330m)、水深12m岸壁(240m)の2バースがあるが、ふ頭用地の拡張で「コンテナ荷役の一層の効率化が図られます。現在工事発注手続きを進めており、来年度までの2カ年で事業を行う予定です」(伊藤苫小牧港湾事務所長)。
 
人と集い、ふれあう港づくりにも注力
定期航路は28航路、週113便が就航
提供:苫小牧港管理組合
西港区のキラキラ公園
 「2013年4月現在でフェリーが6航路週60便、RORO船が12航路週43便、国際フィーダーが3航路週3便、外資コンテナが7航路週7便の計28航路週113便あります。こうした定時の安定したルートが当港の強みです」(松原企画振興課長)。
 このうち、フェリーは西港区で八戸、仙台、仙台・名古屋、大洗の4航路、東港区で秋田・新潟・敦賀、敦賀の2航路があり、年間79万人の旅客と取扱貨物量の約55%を輸送している。
 主な取扱貨物は、完成自動車工場が道内にないため、完成自動車のほぼ100%を苫小牧港で扱っている。このほか、家電製品や日用品、石油製品、紙・パルプ、自動車部品、建設資材、再利用資材などの貨物を取り扱っている。
 外貿のうち、外貿コンテナについては19.6万TEU(2012年)で、北海道全体の約7割を占める。内訳は輸出が8.9万TEU、輸入が10.7万TEU。北米、韓国、中国・韓国、ロシアへの航路があり、主な輸入品目は製材・原木、農産品、牧草・飼料、製造工業品など、輸入品目は紙類、自動車部品、水産魚介類、電気機械などとなっている。
 松原企画振興課長は「西港区にもあった国際コンテナ機能を今年3月に東港区に集約しました。翌4月にはロシア航路が18年ぶりに復活しました。輸出が少ないのが課題で、今後道庁などと連携しながら、農産物をはじめとした道産品の輸出拡大を進めていきたいと思っています」という。
 
豊かな自然と人、みなとを調和
 工業港から流通港として発展を遂げる苫小牧港だが、最近は「人とふれあう港づくり」にも力を入れている。西港区北ふ頭に遊具や遊水路などがある「キラキラ公園」を整備。休日には親子連れなどで賑わっている。勇払地区にはマリンレジャーの拠点「勇払マリーナ」も整備されている。
 松原企画振興課長は「苫小牧市は工業都市・港湾都市のイメージが強く、毎年8月に開催する『港まつり』には多くの観光客が訪れます。ただ、普段から港と人が触れ合う機会は少なかったような気がします。苫小牧港の周辺には樽前山やウトナイ湖など豊かな自然も多い。こうした自然と港を調和させ、多くの人が集う港づくりを進めていきたい」という。
 
 
みなとオアシスSea級グルメ全国大会 in 苫小牧を開催
提供:苫小牧港管理組合
海王丸が入船
 開港50周年を迎えた苫小牧港では今年、さまざまな記念行事が行われた。半世紀前に第一船が入港した4月25日(開港記念日)には西港区で記念セレモニーを実施。7月16日には市内のホテルで開港50周年記念式典が関係者を集めて盛大に開催された。
 記念事業のメーンイベントとして、7月13、14の両日に西港区北ふ頭キラキラ公園で開かれた「第3回みなとオアシスSea級グルメ全国大会in苫小牧」では、練習帆船「海王丸」の訓練生たちが帆桁に上ってすべての帆を張るセールドリルなどが披露された。また、全国16のみなとまちの特産品を使ったSea級グルメも販売された。両日合わせ約5万人の来場者が会場を埋め、帆船の優美さや雄大さを楽しむ一方、全国のご当地料理を食べ比べた。
 

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